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平安時代、貴族社会では、それまで布で包んでいた贈り物などを、紙を使って包むようになりました。やがて、贈り物を包んだときに、紙に折り目がつくことに着目して、包みを美しく折って飾るようになり、それが最初の折り紙と言ってよいでしょう。
その後、武家の作法にも使われるようになり、"伊勢""小笠原""今川"など各流派の様式が生まれ、秘伝として伝えられて行きました。14-15世紀頃のことです。
現在に残る礼法の名残りとしては、熨斗(のし)、そして雄蝶・雌蝶などがあります。 今も親しまれる「おりづる」、「やっこ」などは、今日 では"伝承折り紙"と言われ、折り続けられていますが、これらの作品も、包み折りから次第に発達したものです。(「儀礼折り紙」に対して「遊戯折り紙」とも呼ばれます。)
そして、紙の生産が増えるに従い、江戸時代に庶民の間に広まって行きます。寛政9年(1797年)には、1枚の紙に切りこみを入れ、連続した鶴(連鶴)を作る折り方49種を紹介した本「秘傳千羽鶴折形」が京都の吉野屋為八という版元の手で出版されています。
連鶴の作者は、伊勢国桑名の長円寺住職"魯縞庵義道"、編者は"秋里籬島"、絵師は"竹原春泉斎"で、これが世界で最も古い折り紙の本とされています。
そして、同じ頃、芝居の忠臣蔵の大序から11段目まで折り方が紹介されている「折形手本忠臣蔵」が出版されています。しかし、これはB3型サイズ2枚の印刷物で本ではありません。
こうして江戸時代に生まれ、育まれてきた作品に加えて、明治以後にはドイツ・フレーベルによる幼児教材(恩物)として考案された折り紙も取り入れ、再構成された作品が、現在、伝承折り紙と呼ばれているものです。
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